晩ごはんを2回食べた日がある。お腹が空いていたからじゃない。答えを間違えたからだ。
「네」と言ったら、ごはんが出てきた
ゲストハウスのおばさんに聞かれた。
僕は食べてきたばかりだった。だからドイツ語で考えた。"Nicht gegessen?" → 食べたから Ja。→ 네(ネ)。
すると、おばさんは台所へ向かった。
10分後、晩ごはんが一式出てきた。僕の네は、**「食べてないというその話、合ってます」**として届いていたのだ。
네が指しているものが違う
ずいぶん経ってから分かった。네と아니요(アニヨ)は、指しているものがそもそも違う。
こう考えると分かりやすい。相手が質問をするとき、それは文をひとつ差し出しているのだ。「밥 안 먹었어요?」は、「あなたはごはんを食べていない」という文を差し出している。
ドイツ語や英語はその文を無視して、自分の行動を言う。食べたなら ja、食べていないなら nein。相手が何を差し出したかは関係ない。
韓国語は逆だ。相手が差し出した文が正しいかどうかを言う。正しければ네、間違っていれば아니요。
つまり僕の네は「食べました」ではなく、**「その文は正しい」**だった。おばさんが差し出した文は「食べていない」。だからごはんが出てきた。
| 「안 먹었어요?」と聞かれたとき | ドイツ語 | 韓国語 |
|---|---|---|
| 本当に食べていない → 文が正しい | Nein | 네, 안 먹었어요 |
| 食べた → 文が間違っている | Doch | 아니요, 먹었어요 |
「안 바빠요?(忙しくないですか?)」も全く同じ。忙しくなければ네、忙しければ아니요。文が正しいかどうかだけ見ればいい。
ドイツ語には、まさにこのための専用の単語がある
表で気づいたかもしれないけど、この状況のために、ドイツ語にはdochという専用の単語がある。
ドイツ語を知らない人のために補足すると、doch は否定をひっくり返す言葉だ。「食べてないの?」に対して "Doch" のひと言で「いや、食べたよ」になる。英語にはこの単語がないから、英語話者は "No, I did" と2語に分けて言うしかない。
つまり僕は、この状況がややこしいこと自体は知っていた。 ドイツ語がわざわざ単語をひとつ作っておくくらい、ややこしい場面なのだ。
問題は、韓国語が doch を作らずに、逆方向で整理したことだ。ひっくり返す単語をひとつ足す代わりに、네/아니요がそもそも別のものを指すようにした。
実は、変わっているのは韓国語のほうじゃない
これも後で知ったんだけど、日本語も中国語も、韓国語と同じ方式だ。
世界的に見れば、むしろ英語やドイツ語のほうが少数派らしい。僕は韓国語が変だと思っていたのに、変な側から来たのは僕のほうだった。
迷ったら、こうする
正直、僕は今でもとっさに混乱する。特に会話のスピードが上がると。
だから最近は、네/아니요を丸ごと省いて話す。
こうすれば間違えようがない。食べたなら「먹었어요」、食べていないなら「안 먹었어요」。何を聞かれたかは関係ない。
実は韓国の人たち自身も、こういう言い方をよくする。네/아니요は必ず付けなければいけないものではないのだ。
なぜこれが大事かというと
ごはん1回なら笑い話で済む。でもこれが約束の場面で起きると、話が変わってくる。
「내일 시간 안 되세요?(明日、時間ないですか?)」に答えを間違えると、約束が丸ごとすれ違う。僕は「空いてる」と言ったつもりなのに、相手には「空いてない」と聞こえている。
注文のときもそうだ。「매운 거 안 좋아하세요?(辛いもの苦手ですか?)」に아니요と答えると、辛いほうが出てくる。
今は
とっさに混乱するのは相変わらずだ。でも、動詞だけで答える方法を使い始めてからは、間違えて困ったことは一度もない。
ルールを完全に身につけることと、間違えずに切り抜けることは、別の問題だった。僕はまず後者から解決した。
ちなみにあの日、ごはんは2回とも食べた。おばさんが用意してくれたものを、食べないわけにはいかないだろう。



